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古地図と高倉御池

1654年の古地図を見つけたので興味半分に高倉御池はどんな感じだったのだろうと探してみました。もちろんその頃には高倉邸の町屋も商いの姿もないのですが、それでもすでに「高倉御池瓦町」という町名は記されており、人の営みと場所の記憶が、確かにこの地に根をおろしていたことがわかります。
この時代は江戸中期。文化的な側面で考えると、京都では俵屋宗達と本阿弥光悦がその生涯を終え、やがて尾形光琳が生まれるまでの、ちょうど狭間にあたる頃でした。
琳派という大きな文化のうねりが、まだ名を持たず、しかし確かに芽吹こうとしていた、静かな準備の時間。文化が一気に花開く直前の張りつめすぎない、どこか余白を孕んだ時代だったのかもしれません。それと共に日々営まれ続けた商いも、幾世代もの時間を経て育まれ、成熟して来たのですね。

高倉邸が商いの場としてこの地に生まれたのは1950年。戦時中も商いを続け、そして今2026年を迎えています。
これほど長い時間を静かに受け止め、今もなお人を迎え続けていること。改めて思いを巡らせると、その連なりの深さに、少し背筋が伸びるような感覚すら覚えます。

現代の忙しい日常の中では、文化と向き合うための「余白の時間」を持つことは、決して簡単ではありませんが、そうした時間こそが人生の密度を高め、心に静かな豊かさと満足感をもたらしてくれる
——私たちはそう信じています。
高倉邸は、過去から受け継いだ時間の上に立ちながら今を生きる人とともに、新しい文化的な時間を育てていく場所でありたい。
この場所を訪れる一人ひとりの時間が、また次の時代へと、静かにつながっていくことを願っています。

書:伝 本阿弥光悦 下絵:宗達派,Calligraphy: Attributed to Hon’ami Koetsu (1558-1637), Painting: Sotatsu School『草花図下絵和漢朗詠集和歌』(東京富士美術館所蔵)「東京富士美術館収蔵品データベース」収録 日本のデジタルアーカイブ「JAPAN SEARCH」
地図:新板平安城東西南北町并洛外之圖,Shinpan Heianjō tōzai nanboku machi narabini rakugai no zu,[出版地不明]:無庵,承応3[1654][刊],所蔵:京都大学附属図書館 Main Library, Kyoto University 

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